ひつじの本棚*

本と野球と珈琲紅茶。たまに映画。

『ちびまる子ちゃん』は永遠のノスタルジーである

ちょうど小学生のころ『りぼん』に掲載されていた『ちびまる子ちゃん』を読んでいた。昭和の気配をうっすら残した、平成初めのころだった。

大人になってからはさくらさんの他の作品もいろいろ読み、『憧れのまほうつかい』や『コジコジ』も、とても好きな作品だ。

憧れのまほうつかい (新潮文庫)

憧れのまほうつかい (新潮文庫)

 
コジコジ 1 (りぼんマスコットコミックス)

コジコジ 1 (りぼんマスコットコミックス)

 

それでもやっぱりさくらももこと言われて思い出すのは『ちびまる子ちゃん』なのだ。

手元にある単行本で確認したら、コミックスに収録されているのは全部で126話だった。その126話のなかに、きっと誰でも好きな話や気に入っている話、大笑いした話がひとつはあると思う。もちろん私にも印象深い話はあって、それは単行本7巻に収録されている「その46『まる子まぼろしの洋館を見る』の巻」だ。

私が勝手に思っているだけに過ぎないけれど、この話にはさくらももこのエッセンスがぎゅっと凝縮され、すべてが入っている話だと思う。

ちびまる子ちゃん (7) (りぼんマスコットコミックス)

ちびまる子ちゃん (7) (りぼんマスコットコミックス)

 

ちょうど暑い夏の話である。まる子がたまちゃん、ブー太郎と遊んでいて、神社の裏に偶然古い洋館を見つける。好奇心で洋館に忍び込んだものの、古い絵画やぼろぼろのコートを見つけると、怖くなって逃げてしまう。

それでも外に飛び出した後は不思議な冒険にわくわくした三人の様子が描かれ、まる子が洋館で拾った洋酒のコルク栓は宝物のように可愛かった。

ところが翌日になり花輪くんと丸尾くんを伴って同じ場所を訪れても、その洋館は見当たらない。場所が間違っているわけではないのに、洋館は忽然と消えてしまった。

三人は不思議に思うものの、花輪くんの「まあまあ なかったものはしかたないじゃないか」「ジュースでものもう ボクがおごるよ」の一言でそれがもうどうでもよくなってしまい、最後はみんなで鬼ごっこをして終わってしまうのだが、そこに乗せられたさくらももこのモノローグが何とも言えない余韻を残す。

こんなに不思議なことなのに
どうしてあのころもっと
うたがって追求しなかったのか………

わたしにはこの他にも一度行ったのに
二度と見つからなかった花畑や田んぼが

いくつもあります

道をまちがえたとかかんちがいとか
原因はいろいろ考えられますが

わたしは神様が子供だけに
遊ばせてくれる場所があるのだと思えてなりません

だって毎日こんなに楽しんでいるから……

洋館は忽然と消えてしまったのに、まる子の手元に残ったコルク栓は確かにそこが存在していたことを示していて、子供のころにこの話を読んだとき、いずれ自分にもそんな場所が見つかるのかもしれないと思ってとてもわくわくした。

大人になってからこの話を読むと、そのときわくわくした自分の気持ちを思い出す。友達と大人も知らない場所を訪れる不安と緊張と楽しさ。夏の思い出がとてもノスタルジックで不思議なこと。日常に地続きで存在しているかもしれないファンタジー

すべてがとても憧れで、今の私には二度と経験できない。それでもこの話を読むたびに、あのころ感じた瑞々しい気持ちが蘇る。そんな漫画が描けるのはやはりとてもすごいことだし、同時代にリアルタイムでそれを読めたことはすごく幸せなことだった。

私の本棚にある『ちびまる子ちゃん』はもうぼろぼろで、紙が変色し表紙が折れていたりするけれど、きっとこの先も本棚の一角にあり続けるだろうと思う。こんなふうにふとした瞬間に取り出して、取り戻せない時間を体験できるように。