ひつじの雑記帳*

本と野球と珈琲紅茶。たまに映画。ブログ名を変更しました。

大正時代の痕跡本が面白い

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国立国会図書館デジタルコレクションというサイトをご存知でしょうか。

ざっくり説明すると、国立国会図書館が収集しているデジタル資料を検索・閲覧でき、古いものでは奈良時代の古典籍から、最近だと2000年代の書籍まで様々な資料を一般公開しているサイトです。閲覧のための登録なども不要。

こうした電子書籍もの、それも国立国会図書館がやっているなんて、どうせお堅い本ばかりなのでしょ?と思う人もいるかもしれない。私も最初はそうでした。ところがつぶさに見てみれば、全くそのようなことはなく、各時代の風俗を知ることができる娯楽的な本も公開されています。

個人的な嗜好から、明治・大正・昭和初期あたりの本が楽しくて仕方がありません。今回はその中でもとくに面白いと思った一冊をご紹介。(画像をクリックすると同じページに移動するよ)


村井政善『「カフヱー」のぞき : 手軽に出来る料理の仕方』嵩山房(1922)

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請求記号も5分類だし、大正時代の西洋料理レシピ本だと思って読み始めたところ、前書きが終わっていざ本文が始まってみると…

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僕の知つて居る、カフエーに稀れなる美人がある、僕は彼女と會食するのを何よりの楽しみにして日に二度も行くことがあつた、僕が行く度毎に僕の好む珍らしき料理を出して呉れる…

という予想を裏切る書き出し。その上、ここから数ページ読み進めても「僕」の話が続くばかりで一向にレシピの気配がない。ちなみにこの「僕」も美男らしく(自分で好男子だと言っている)、取って付けたような美男美女しか出て来ず、いやいや、僕と彼女の自慢ばっかりされてもな…そもそもこれは何の本なのか、と思いながら読み進めていくと、唐突に手書きの一文が目に入る。

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中央の余白に「つまらぬ能書きをせず本文を書け」と書いてある。(たぶん「本文」だと思う)

痕跡本の面白さについては古沢和宏さんの『痕跡本のすすめ』太田出版(2012)でよくよく知ってはいましたが、まさかこのようなところで大正時代の痕跡本に出会えるとは思ってもみなかった。

実はここに至るまでのページにもちょいちょい誤字を訂正する校正のような書き込みがあり、自己主張の強い持ち主だったのだな、とは思っていたけれど、この堂々かつ的を射た突っ込みには思わず笑ってしまった。この本の持ち主も、百年近い時を超えて自分の書き込みが全世界に向けて発信された公の場に引き出されるとは終ぞ思っていなかっただろう…と思うと余計に面白い。

そのように突っ込みを入れられる本書ですが、読み進めるとちゃんとレシピが書かれているので料理本には間違いない。一見小説かエッセイのようなので9分類にしたいところだけれど、こうなると5分類で合ってるのだろうな…。

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しかし「料理本」というジャンルで括ってしまうのはとても勿体なく、おそらく数年前からブームが続いているごはんマンガやごはん小説(物語の途中で美味しそうな料理が出てくる、あるいは美味しい料理そのものを物語の柱としているマンガや小説)のハシリであり、『きのう何食べた?』や『ダンジョン飯』の元祖にあたるのでは、と思ったのでした。

著者としては物語の中に織り込むようにレシピを書きたかったのでしょうが、持ち主は純粋なレシピ本として読みたかったのでしょう。痕跡からそのような著者と持ち主の関係性まで想像してしまい、本文にも書き込みにも何だかんだ突っ込みを入れつつ、非常に楽しく読みました。

興味を持った方はぜひご一読ください。大正時代のモダンな風俗が好きな方にもお勧め。終盤にも持ち主の総括のような鋭い書き込みがあるのでお見逃しなく。

 

痕跡本のすすめ

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